2015年8月4日火曜日

早すぎたフラット

 

~段の変わり目は注意~


第4番は多少問題の箇所がある。特にプレリュードの「早すぎたフラット」は全く信じられないことに、カザルス、フルニエ、トルトゥリエ、シュタルケル、ロストロポーヴィチ、ビルスマといった20世紀の大家から最近の名手に至るまで、実に多くのチェリストによって弾かれており、唖然とせざるを得ない。

これはアンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB)の凡ミスに過ぎないのである。それがなぜこんなに広まってしまったのだろう? 

プレリュード第16小節、2番目の8分音符はAMBの筆写譜ではD♭になっているが、これはまったくの筆写ミスである。なぜなら同じ小節の6番目の音である1オクターブ低いD音には何も付いていないからで、しかも同じ小節といっても、第16小節の後ろ半分は次の段の五線に移っている。つまり次の段を筆写している際、ついうっかり前の第16小節にさかのぼってフラットを付け足してしまったのである。
 
 AMB: 上段、右から3つ目の8分音符が問題のD♭(下段2つ目の低いDに♭が付いていないことに注目)。


 段を変えていないケルナーには当然ながらこのフラットはない。


ここで理解して欲しいのは、筆写譜はバッハの原稿の段まで忠実に写しているわけではないことである。

「無伴奏チェロ組曲」の兄弟曲、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」には、幸いにもバッハの自筆譜、さらにAMBの筆写譜までが残っているのだが、両者を見比べてみると、バッハのほうが音符を詰めて書いているのがわかる。そのためAMBのほうがだんだんとスペースが足りなくなって、 次の段へと移って行くことが多いのである(逆に追い越している場合もあるが)。

このプレリュードの場合、問題の小節はバッハの自筆譜では恐らく段の最後まで書いていたに違いない。しかしAMBではほんの少しだが、スペースが足りなくなって小節の途中で次の段に移ったのである。そのため原稿と筆写譜との間で視覚的な混乱が生じて、原稿の第17小節にあるフラットを筆写譜の第16小節にまで付けてしまったというわけである。

 バッハの自筆譜(想像図)


できれば上のバッハの自筆譜(想像図)を皆さんもAMBになったつもりで写譜してみてほしい。きっと実感としてAMBのミスが理解できるだろう。


この五線の段を変わった際の間違いとしては、AMBでは他に第3番のジーグと第5番の同じくジーグにあり、どちらの場合も同じ小節を2回書いてしまっている。段が変わった時はミスをしやすいのである。

ケルナーも、第3番のサラバンドを筆写していて、バッハの楽譜のある段を丸々書き落としている。つまりこれはアンナ・マグダレーナの場合とは逆で、自分の方の段ではなく、バッハの原稿の方の段が変わったところでミスをしているのである。これによってバッハの自筆譜が、第13小節から17小節までが一つの段になっていたことがわかる。


ただ、なぜこれが「早すぎたフラット」なのか、言葉で説明するのは少々厄介である。以下は特に関心のある方以外は読み飛ばして構わない。なので小さい文字で書く。

変ホ長調で始まった曲は、上部の音の多少の揺れはあるものの低音のE♭によって、第9小節までは変ホ長調が保たれる。ところが第10小節から低音の下降が始 まり、調の行方がわからなくなる。しかし第13・14小節のF7の和音と第15小節のB♭の和音によって、変ホ長調のドミナントである変ロ長調への転調が確立される。

ところがその安定は長く続かず、第17・18小節のE♭7の和音と第19小節のA♭の和音とによって、変ホ長調のサブドミナントである変イ長調への転調が確立される。わずか4小節の間に変ホ長調のドミナントからサブドミナントへ、5度圏を一気に2段階駆け下りるのである。

この急激な転調が滑らかに行われるには、2つの調の中間の変ホ長調の和音が聞かれなければならない。言い換えるなら、5度圏を一段ずつ降りて行かなければな らないのである。そこで第16小節で低音をA♭に下降させ変ホ長調のドミナント7であるB♭7の和音(の第3転回形)を聞かせ、次の変イ長調のドミナント7であるE♭7の和音とうまくつないだのである。

ところが第16小節において、D♭の音を弾いてしまうと、この和音は変イ長調の第2度音 (変ロ)上の短7の和音(B♭m7)になってしまう。つまり中間の変ホ長調を経ないで、変ロ長調から変イ長調へ5度圏を一段階飛び越えてしまうことになり、転調が滑らかに行われなくなるのである。


つまりせっかくドミナントである変ロ長調に到達したのに、「早すぎたフラット」によって一瞬にしてその安定が根こそぎ覆されてしまうのである。

この曲は左手のポジションと弦がのべつ幕なしに変わるという、チェリストにとって厄介な曲なため、つい弾くことに気を取られてしまうのだろうが、ピアノなど鍵盤楽器で和音を弾いてみれば、このD♭が早過ぎるということは、上のような説明を読まなくてもすぐに分るはずである。ここは第11-12小節、第19-20小節と同様の場所であり、低音だけが経過音的に下降すればいいのである。

ぼくの知る範囲では、この間違ったD♭を書いている楽譜はAMBの他に、C資料、D資料、パリ初版譜、グリュッツマッハー、旧バッハ全集、クレンゲル、ベッカー、ハウスマン、マルキン、アレクザニアン、ガイヤール、マイナルディ、フルニエ、トルトゥリエ、シュタルケルの版である。これらの版をお持ちの方はご注意下さい。また他にもありましたら お知らせ下さい。

20世紀で最も使われたであろう、ヴェンツィンガーのベーレンライター原典版では、はっきりとこのD♭を否定しているのに、どうして未だにはびこっているのだろう?やはりカザルスやフルニエといった人の影響だろうか?

なお2000年に出た3つの原典版(ブライトコプフ、ヘンレ、ウィーン原典版)はすべてD♮になっており、この問題に関しては進歩している。残念なのはこれらの原典版があまり普及していないことである。

またこのフラットは100%確実にAMBによるものであるにもかかわらず、そっくりC、D資料およびパリ初版譜にも記譜されていることから、これらの資料がAMBの筆写譜の子孫であることが証明されるのである。


ところで余談だが、このフラットの少し前、第12小節(上のAMBの筆写譜では上段2小節目)の最後の音を、アーノンクールとウィスペルウェイは共にB♭ではなくCを弾いている。このような音は4つの筆写譜はもちろん、ぼくの知る限りどの出版譜にもない。謎である。もしもそのような楽譜を見つけたらぜひとも知らせて下さい。おそらくアーノンクールの思い付き、あるいは単なるミスを、ウィスペルウェイが本気にしただけだと思われるが。


追記

この記事の元の記事をブログ本館「パリの東から」に掲載してから2年半ほど経つが、最近の新しい録音・録画を聴いてみると、幸いにもD♮で弾かれることが多くなって来た。これはおそらく今頃ヴェンツィンガー版の影響が現われて来たのだとぼくには思われる(あるいはヨーヨー・マの影響?)。

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