2016年1月24日日曜日

D資料のカラー版ファクシミリ


すでにアンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB)及びケルナーの筆写譜、バッハ自身による第5組曲のリュート編曲版、C資料はカラー版ファクシミリになっていたが、ついにD資料(18世紀末の筆写譜)もカラー写真版になった。

http://search.obvsg.at/primo_library/libweb/action/dlDisplay.do?institution=ONB&vid=ONB&onCampus=false&lang=ger&docId=ONB_aleph_onb06000461828
(上のページ右にあるサムネイルをクリックすると楽譜が見れます)

これで無伴奏チェロ組曲に関するすべての筆写譜及び自筆譜がカラー化され、インターネット上で誰でも見ることができるようになったのである(資料については「バッハへの道」参照)。

実際のところ、これまで流通していた白黒のファクシミリは裏写りがひどかったり、細部が確認しづらかったり、時には部分的に画像が飛んでいたりで、精緻な研究には耐えられないものだったのである。AMBの筆写譜など1927年(!)のアレクザニアン版に使われたものがそのまま新ベーレンライター原典版(2000年)にまで使われていたのである。

トルトゥリエ版を持っている人なら、第2組曲ジーグの第69小節(終わりから8小節目)の頭の音にフラットが無いことを不思議に思ったことがあるかもしれない。しかしこれはトルトゥリエが間違えたのではなく、AMBの白黒ファクシミリではこのフラットが飛んでいるのである(ただし演奏ではちゃんとフラットを弾いているが)。
 
ぼくも横山版を作り始めたころはまだカラー版が無かったので、このフラットを書かなかったのだが、ほどなくカラー版が公開されたため修正したのである。ケルナーなど新ベーレンライター原典版の資料では時に裏写りがひどくてほとんど読めなかったのだ。

 ケルナーの筆写譜より、第3組曲サラバンド、白黒版

 
 
  同カラー版、余談だが3段目、1小節目と2小節目の間、原曲の5小節分が抜け落ちている。  


本当に幸いなことに、カラー版の公開と横山版の作成とが同時進行したのである。横山版はこれら最新の資料なしでは完成しなかったのである。これからまだまだ新たな発見があることだろう。

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2016年1月14日木曜日

気付かれなかったA

~スコルダトゥーラはややこしい~


今日久しぶりに第5組曲をスコルダトゥーラで弾いていて、ふと「この音はひょっとして、、、」と思いつき、どうやらこれまで誰も気付いていなかったことに気付いたようである。しかしこれは今までの楽譜校訂者が悪いとは言い切れない。スコルダトゥーラのせいである。

スコルダトゥーラとは通常の調弦とは異なる変則調弦のことであり、第5組曲では一番高いA弦を2度低いGに調弦する。これによってD弦との音程が4度になり、通常の5度調弦よりも密集した和音が弾きやすくなる。通常の調弦では実際のところスカスカした和音しか弾けないのである。 ヴァイオリン族は本質的に旋律楽器であり、和音楽器ではない。

さてここで変則調弦された弦の記譜法がややこしいのである。楽譜には実際に鳴る音が書かれていないのだ。奏者はまるで変則調弦などなかったかのように弾かなければならない。例えば楽譜にDの音符が書かれているとする。奏者は通常の調弦の時と同じDの位置を指で押える。しかし第5組曲の場合で言えば2度低く調弦されているので、実際に鳴る音はCである。

ところが変則調弦されていない他の弦は普通に記譜される。そのためその境目にある記譜上のAやBの音はどちらの弦のために書かれてあるのか、実音なのか、実音より2度高い記譜上の音なのか判断が難しくなるのである。いわば変則調弦された弦だけが移調楽器のように書かれるのである。ここまで書いただけで胃腸の調子が悪くなりそうである。

ケルナーはオルガニストで作曲家であり、自分の研究のためにバッハの曲を写譜したので、この第5組曲は原譜通りではなく実音に直して書いている。ところが彼にはよほど難しかったのだろう。ミスだらけなのである。


さて何の音に気付いたかと言うと、プレリュード第170小節の最初の(記譜上の)Aの音である。

 アンナ・マグダレーナ・バッハ:


従来この音はスコルダトゥーラされた第1弦の開放弦、すなわちGだと考えられて来た。例えば上に書いたケルナーもGだと思ったのである(やや読みづらいが、上の2本の線は加線である。つまり一番上の線にある音はE♭)。


しかしそれでは音楽上おかしいのである。つまりその次の小節から5小節にわたってハ短調のドミナントであるG音がペダル音(保続音・オルゲルプンクト)として鳴り続けるのだが、そのG音がペダル音が始まる前に聞こえてしまってはその効果が台無しになってしまうのである。これはタネが見えてしまっているマジックと同じだと言えばよくわかるだろう。

ペダル音の始まる2つ前の第169小節はF♯-(A)-C-E♭の減7の和音であり、ハ短調におけるドッペルドミナントになっており、第170小節もそのままドッペルドミナントであれば音楽的に理にかなっている。

そして事実、第170小節もドッペルドミナントであり、頭の音はスコルダトゥーラされた第1弦のためではなく第2弦(D弦)のために書かれたのであり、実音は当然記譜音と同じA(ナチュラル)なのである。

2つの視点から見てみよう。1つはこの楽譜そのものからで、もし第170小節の頭の音がGならば、第167小節(上のAMBの楽譜、最初の2つの16分音符の次の小節)も第170小節もまったく同じになるが、頭の音が第167小節では第2弦のために書かれ、第170小節では第1弦の開放弦のために書かれる理由が見当たらない。また第166から第169までの4小節間、各小節の頭の音はすべてD弦のために書かれている。その流れからして第170小節だけが第1弦のために書かれているというのもおかしな話である。

もう1つはバッハ自身によるリュート編曲版(ト短調)である(第167小節から)。


わかりやすいようにハ短調に移調してみよう(第166小節から)。


リュート組曲では原曲に無い低音が付加されており、そのため第170小節の頭の音はD(原調ではA )に変えられているが、和音としてはまさしくドッペルドミナントである。
 

以上の理由により、この音が実音Aであることは疑いの余地がない。

気付いてみれば音楽的に当然の進行なのに、なぜこれまで誰一人として気付かなかったのだろうか?無視された重弦などと違い、これは楽譜が変えられたわけではない。ただどちらの弦のために書かれたのかということを誰も深く考えてみなかっただけのことである。

リュート組曲にしても、ヴェンツィンガー版(1950年)やマルケヴィッチ版(1964年)が取り上げているのだから、その存在がチェリストに知られるようになってすでに60年以上になるのである。 

自己評価 A ★★★★★ G (0)

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2016年1月6日水曜日

第3番ジーグについて


第3組曲のジーグには2つ問題の場所がある。

ひとつは第19小節で、ケルナー(C・D資料も同じ)とアンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB )とで異なっている。

 ケルナー(及びC・D資料):


 AMB:


大方の出版譜はAMBのはミスだと考えてケルナーを採用しているが、フルニエ、トルトゥリエ、ジャンドロンといったフランス系の楽譜はAMBの音形を採用している。

さて、以下は多少屁理屈に聞こえるかもしれないが、ぼくはバッハは最初ケルナーの音形を書いたのだが、これでは


のリズムを3回繰り返すことになり、いささか単調なので、後にAMBの音形に書き換えたのだと考えている。


さらに並行箇所である第57小節以下を見てみると、途中3小節の延長があるものの、AMBとまったく同じリズム(音形は異なる)が見られるのである。


しかも4番目と5番目の音(AとB)を入れ替えると、第19小節のAMBの音形とそっくり同じになるのである(!)。

しかしながらAMBの音形はDの音を繰り返す(19小節の終わりと20小節の初めで)という点がやや不自然に感じられる。バッハがやや不自然でも同じリズムを3回繰り返す単調さを避けたのだと考えるか、やはりAMBの単なるミスだと考えるかは、奏者の判断に任せよう。

自己評価 AMB ★★★☆☆ その他

もうひとつは第105小節だが、これは上の問題よりさらに繊細である。

 ケルナー(及びC・D資料):


 AMB(少し大きめに表示):


これも大方の出版譜はケルナーを採用しているが、19世紀の原典版というべきハウスマン版(1898年)のほか、フルニエ、ヘンレ版などはAMBを採用している。

AMBではよく見ると、最初は2番目の16分音符よりD-C-B-A-Fと書いた後、多分修正ナイフで削り取ってC-B-A-Gに修正している(Fはそのまま)。そして更に念のため小文字で音名を(ドイツ式で)c-h-a-g-f と書いている。

普通に考えればここはジーグ前半の並行箇所、第45小節と同じ形(つまりケルナー)でいいはずである。AMBは修正しなくてもいいDの音までつられて修正してしまい、おまけにごていねいに間違った音名まで書き入れてしまったのではないか(もちろん彼女が書いた音符に対しては正しいわけだが)?

その可能性は無くもない。というのはこれまでAMBの筆写譜を見てきて、彼女が1音符ずつ書き写したのではなく、拍・小節など、ある程度のまとまりごとに記憶して書き写したことは間違いないからである(もちろん音楽の素養がある者ならそれが普通だが)。そのため原稿から筆写譜に視線を移している間に記憶違いが起こるのである。その典型として、第6組曲ジーグの第18小節後半が挙げられる(→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番について一番下の項目)。

しかしこの第3番の場合、バッハは最初はジーグ前半と同じ音形を書いたのだが、後により味わいのある形に変えたのだとぼくは想像している。並行箇所といっても同じではない。両者を並べて見よう。


終りの下行、上行の違いはもちろんだが、4小節目が決定的に違う。そのためそれに続く問題の5小節目も同じである必要はなくなる。

つまりバッハは次のように第105小節2つ目からの音を前の小節後半のF-E-Dに結び付け、なだらかに下降する音階に変えたのである。


和声学的に言うと、問題のCは和声構成音ではなく経過音である。Cを和声構成音と考えるとここの和音がCの和音になってしまい(本当の和音はG7の第3転回形)、前の和音(Dm)とのつながりが不自然になるのである。

ケルナーとAMBを比べると、ケルナーはごく普通だが、AMBは曲が終わろうとしている感じがより出ていて趣きがあるとぼくは思うのだが、いかがだろうか?

自己評価 C ★★★★☆ D

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