チェロ組曲正誤表

バッハ「無伴奏チェロ組曲」正誤表


横山版は弓使いも指使いも書いていないので、初心者の方にはやや使いづらいと思う。 そこでこの正誤表によって、使い慣れた手持ちの楽譜を修正して使用するのがいいだろう。

重要と思われるものから順に並べた(時々順位が入れ替わる)が、各項目の詳細はそれぞれの記事を参照してもらいたい。リンクの中にはブログ本館「パリの東から」内の記事もある。

議論の余地があるものはともかく、間違いだと分りきった音まで修正されないまま何百年も放置されている状況に終止符を打ちたい。チェリストの中には、2度も3度も、それどころか5度も「無伴奏チェロ組曲」を録音した人がいるが、それなのにこれらの音を1度も正しく弾いたことがないとは、残念でならないではないか。

「正しい音」とはここでは、アンナ・マグダレーナ・バッハ(以下AMB)が写譜した時目の前にあったと考えられる、バッハの自筆楽譜に書かれていた音のことである。音名は英語式。


1、第1番プレリュード、第33小節、3拍目から第36小節、2拍目まで、Aの音はAの開放弦とD弦による重弦(ダブルストップ)。符尾を上下に伸ばすこと。特に最初のところは3音続けて重弦。→ なぜ誰も重弦で弾かないのか

2、第6番プレリュード、第91小節、最後の音は4つの筆写譜すべてが一致して、AではなくG。ヘンレ版、またあまり知られていないバズレール版もそうしている。これまでの出版譜の怠慢の典型的な一例。→ 無視された7度

3、第6番サラバンド、第31小節、最初のバス音はG♮ではなくてG#。→ 2つのシャープ

4、第5番プレリュード、第170小節、最初の記譜音Aはスコルダトゥーラされた第1弦の開放弦(G)ではなく、D弦上の実音A(ナチュラル)である。→ 気付かれなかったA

5、第1番ジーグ、第31と32小節の間に、8分音符によるE-F#-Cの3音の半小節を挟み込むこと。→ 無視された半小節 

6、第4番プレリュード、第16小節、2つ目(及び6つ目)の音はD♭ではなくてD♮。最近の楽譜はナチュラルになっていることが多いが、フルニエ版、トルトゥリエ版などを使っている人は要注意。→ 早すぎたフラット

7、第6番ジーグ、第8小節、4つ目の八分音符はEではなくてC#。AMB及びC・D資料ではEだが、ケルナーではC#である。これはAMBのミス(そしてそれがC、D資料に受け継がれた)である。→ 第6番ジーグについて

8、第6番ジーグ、第18小節、2拍目は16分音符でE-D-C#-D、それから8分音符でE。一部の楽譜で8分音符3つでE-C#-Eになっているが、これはAMBのミスであると考えて間違いない。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番について

9、第6番ガヴォット1、第7小節、最初のバス音はE♮ではなくてE#。裏拍にD音がある場合は4分休符にする。→ 2つのシャープ

10、第2番ジーグ、第28小節、最後の音はB♮ではなくてE。B♮はおそらくAMBのミスであろう。19世紀の出版譜はそうなっているものが多かったのに、20世紀に改悪されてしまった例。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第2番について

11、第4番アルマンド、第23小節、2拍目(3つ目の4分音符)最初の音と、第24小節7つ目の音はA♮ではなくてA♭。ここの和音はナポリの6度である。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第4番について

12、第1番プレリュード、第26小節、3拍目の2つ目の音はB♭ではなくてB♮。最近の楽譜はナチュラルになっていることが多いが、ヴェンツィンガー版などに残っている。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番について

13、第4番プレリュード、第80小節、Bの音符はダブルフラット。トルトゥリエ版など、一部の楽譜でフラットが一つになっていることがある。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第4番について

14、第3番サラバンド、議論の余地はあるが、第7小節、2拍目最後の16分音符はCではなくてB♭。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第3番について

15、第5番アルマンド、第25小節、最初のバス音はB♭ではなくてG。ほとんどの出版譜がB♭にしているが何の根拠もない。バッハのリュート編曲版を含めて、すべての資料がGである。→ 無視されたリュート組曲

16、第5番アルマンド、上と同じ小節、1拍目の裏(2つ目の4分音符)のリズムは、8分音符1つ・16分音符2つではなく、16分音符2つ・8分音符1つである。→ 無視されたリュート組曲

17、第5番アルマンド、第4小節2つ目の音は多くの版でA♭のままである。確かに4つの筆写譜においてはその通りなのだが、リュート組曲ではA♮である。おそらくこれはバッハ自身が♮を書き忘れたのだろう。リュート組曲を知らなかったはずのグリュッツマッハーが直感でA♮にしているのはすばらしい。

18、第5番プレリュード、タイを無視して冒頭4つ目の音符。上とまったく同じ問題だが、こちらは幸い旧バッハ全集が(おそらく直感で)A♮にしたので、ほとんどの版がナチュラルである。どういうわけかこちらではグリュッツマッハーはナチュラルを付けていない。
 
19、第2番クーラント、第27小節、最後から2番目の音は、FではなくてG。Fはパリ初版譜のおそらく(ミスではなく)改変によるが、旧バッハ全集が採用してしまったために、ハウスマン(1898年)が修正したにもかかわらず、ヴェンツィンガーまでが受け継いでしまい、今日もなお多く演奏されている。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第2番について

20、第5番プレリュード、第193小節、3つ目の音はGではなくてA♮。→ 無視されたリュート組曲

21、第3番ジーグ、第19小節、ケルナー及びC、D資料では8分音符1つと16分音符4つでF#-A-G-F#-Eだが、AMBでは16分音符6つでF#-A-G-F#-E-Dになっている。これはおそらくバッハによる改訂であろう。→ 第3番ジーグについて

22、第3番ジーグ、第105小節、AMBにより2つ目の音はDではなくてC。ここは音符の修正の跡があるが、文字でcと書かれてある。→ 第3番ジーグについて

23、第1番メヌエット2、非常に有名な場所で、奏者の判断に任せるほかないが、第3小節最後の音Eと、第7小節最後の音E。ケルナーではどちらもフラットが付いているが、AMB及びC資料では前者には臨時記号は無く、後者にナチュラルが付いている。D資料は前者に中途半端なフラットらしき記号が付いており、後者はDと書いたのを消してCが書かれているというわけのわからない状態になっている。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番について

24、第2番サラバンド、第23小節、2拍目、これもよく知られていると思うが、D-E-F-Gのリズムが、ケルナー(及びC・D資料)では8分音符、16分音符、32分音符2つだが、AMBでは16分音符4つになっている。後者はグリュッツマッハー、ハウスマン、マルキン、フルニエ、トルトゥリエ、ヘンレ版など、意外に多くの版で採用されているが、おそらくAMBのミスだろう。無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番フーガの第57小節にそっくりな例がある。

 左: バッハ、右: AMB

25、第6番アルマンド、第15小節、1拍目、ここはすべての版で同じ付点リズムを2回繰り返しているが、すべての筆写譜において2回目に付点は無い。おそらく1回目は付点16分音符ではなく、ケルナーの書いているように付点8分音符であろう。→ 多すぎた連桁

26、第6番プレリュード、第86小節、最後の音はケルナーによりG。AMBはAだが筆写ミスだろう。Aでも和声上問題はないのだが、Gの方がより自然である。

27、第6番サラバンド、第29小節、1拍目(2分の3拍子なので1拍は2分音符)の最後の16分音符Gと、2拍目の始めの4分音符Gをタイで結ぶ。これは従来1拍目後半のE-F#-Gの3つの音にかかるスラーが後ろにずれて書かれているのだと思われて来たが、それは間違いだろう。→ バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番について

28、第5番ジーグ、第16小節、2つ目の音はE♮(実音D)ではなくてE♭(実音D♭)。

29、第4番クーラント、上の例に似ているが、第34小節、最後の音はAMB以外はすべてD♭。おそらくAMBの書き落しであろう。

30、第2番クーラント、第24小節、最後から2番目の音は、AMB(及びC・D資料)ではFだが、ケルナーはG。これは和声進行的にも非常に判断が難しいが、Gが正しい可能性もある。第27小節の3拍目と呼応しているようにも思う(上行、下行の違いがあるがどちらもGEGDとなる)。→ 疑惑の音

31、第4番プレリュード、第59小節、ヴェンツィンガー版など、冒頭の和音がD-A♮-F#-E♭になっているものがあるが、これはAMB(及びC・D資料)のD-C-F#-E♭が正しいだろう。ケルナーはAだが、ナチュラルを付けていないことから、Cの写し間違いと考えられる。

32、第5番プレリュード、第45小節、4つ目の音は資料によって3種類に分かれ、ケルナーとAMBが共にD♭のため横山版ではこれを採用している。しかしC・D資料はD♮であり、リュート組曲もD♮なのだが、その前後の小節の関係からバッハ自身がチェロ組曲とリュート組曲とでは音を変えたと考えられる。

33、第5番クーラント第3小節、冒頭の低音はCではなくてE♭。これはほとんどの楽譜が正しいのだが、どういうわけかヘンレ版がAMB(およびC、D資料)に従ってCを採用して しまっているので注意。歴史的経緯を言うと、パリ初版譜がE資料に従ってCとした(資料がそうだったのだからこれ自体は正しい)が、ドッツァウアーがケルナーに従ってE♭に修正したので、正しい音が受け継がれることになったのである。リュート組曲もE♭であるので間違いない。

34、第6番ガヴォット1、第6小節冒頭、クレンゲル、フルニエ、トルトゥリエ、ヘンレ版など一部の版で、第2小節に合わせて(大抵カッコ付きだが)低音のEを補っているものがある。ここは次の音形が第2小節とは異なっているので、同じではないのである。一部だけ見て同じだからと、どの筆写譜にもない音を補うのは愚かにもほどがある。

35、第6番ガヴォット2、第16小節、3つ目の8分音符が、 フルニエ、トルトゥリエ版などでAMBに従ってDになっているが、Bの間違いである。これはAMBのミスに違いないが、興味深いことにケルナーだけでなく、C・D資料でもBになっており、仮説上のI資料の存在をうかがわせる。

36、第3番ブーレ2、第4小節、最後の音Aはケルナーではフラットが付いていて、AMBがフラットを書き落とした可能性もある。しかしA♮も魅力的ではあるので、奏者の判断に任せる。

37, 第1番サラバンド、第4小節、4番目の音は普通Gであるが、イッキング版、ヘンレ版でAになっている。またディミトリー・マルケヴィッチもあるところでAだと述べている(ただし彼の版の初版ではGになっている)。これらはAMBに従ったのだろうが、実際にはAMBではGともAともつかない中途半端な位置に書かれている。Aも不可能ではないが、第4小節全体がドミナントの和音になるため平板になってしまう。おそらくAMBのペンがずれたのだと考えて良いだろう。

38, 第6番ジーグ、第11小節、最後の音、及び次の小節、4番目の音を、フルニエ、トルトゥリエなどは並行箇所第59、60小節に合わせてG♯にしているが(フルニエは2番目のGにはシャープを付けていないが、演奏では付けている)、すべての筆写譜においてシャープはなく、不必要であろう。この微妙な違いが、前半ではその後の発展をうながし、後半では安定感をもたらして曲の終りに結び付けている。この部分が前半と後半とでは違った位置に置かれている事に注意。

39, 第1番プレリュード、第22小節、2拍目最初の音はBではなくA。20世紀以降の楽譜ではまったく問題ないが、パリ初版譜の単なるミスが、どういうわけかドッツァウアーを経て、旧バッハ全集までが修正せずに受け継いで、クレンゲル(1900年)にまで至っている。グリュッツマッハーはちゃんと修正している。

40, 第4番プレリュード、第50小節、個性的な版を作ったディミトリー・マルケヴィッチは(おそらく唯一彼だけが)2つ目の音はA♮ではなくA♭と指摘しており、確かにすべての筆写譜でナチュラルが付いていないのだが、これはバッハ自身の不注意によると考えていいだろう。通常この時代では、小節最後の音に付いた臨時記号は次の小節の頭で同じ音が続く場合は、その音にも有効であると考えられていた。この場合その延長線上にあると考えていいだろう。もちろん本当なら付けなければいけないのだが。

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